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戦争を知っている自転車たち

2013年8月29日 3:22 PM

自転車は兵器にもなる。

194112月、マレー半島北部シンゴラに上陸した日本陸軍第25軍はクアラルンプール、さらにシンガポールを目指して半島西側を南下する。傘下の第5師団および近衛師団は歩兵の移動に自転車を活用した。いわゆる「銀輪部隊」だ。これは「落下傘部隊」「加藤隼戦闘機隊」と並んで太平洋戦争初期の一般国民にウケるネタだったらしく、マスコミで大きく報道され、「走れ日の丸銀輪部隊」(唄:松平晃)、「勇む銀輪」(唄:藤井典明)といった戦時歌謡まで作られて、喧伝された。

 自転車が移動手段として実用的なら軍用に供されても不思議ではない。自転車の原型ドライジーネの発明者ハンス・フォン・ドライスはその普及のために軍高官と接触していたという。普仏戦争(187071)ではオーディナリー(ダルマ型)が伝令用に供されたし、1880年代には相次いで各国軍で正式に採用されたが、さすがにダルマ型では戦場での実用性に欠けた。それがセーフティ型(ロードスター)に発展して実用性が向上した19世紀末には軍事活用が真剣に検討されるようになる。第二次ブーア戦争(18991902)では両軍共にこれを活用したが、期待されたように自転車兵が騎兵にとって代わり、攻撃の先頭に立つ事は無かった。第一次大戦でも大量の自転車が戦場に投入されたが、偵察や伝令、小規模の襲撃など、戦闘の補助的な役割を負った程度で、戦術の発展・変化もあり、主力部隊の前線においては活躍の場面はなかった。

 しかし戦争が工業技術の進歩を促す、というもまた事実。今や大人気の折りたたみ自転車の歴史の始まりは、実は軍用から。そのルーツは1895年にフランスのジャラール陸軍大尉が考案し、軍に採用されたもので、ドイツでも翌年に、イギリスでは1899年にトラスフレームで分割可能な「ペダーセン」が採用された。1944年6月のノルマンディ上陸作戦では空挺部隊と共に「BSAパラトルーバー」が降下された。ベトナム戦争では日本の片倉工業(当時「シルク」で有名でしたね)製の軍用小径折りたたみ自転車が供給されていたことも付け加えておこう。

それはさておき、マレー半島の銀輪部隊は大規模作戦での兵員大量移動に自転車を活用した点で戦史上珍しいケースといえるが、実は戦略的に計画・編成され、周到に準備されたものではなく、作戦上必要な兵員運搬車両の不足を補うために生み出された苦肉の策だったようだ。自転車の多くは現地徴発された一般家庭用で、そもそも東南アジアに向けて大量に輸出されていた日本製。耐久性はあったが、交換用タイヤの補給は十分に行き届かず、舗装路と熱帯密林を貫く未舗装路を辿り、泥道を越え、自転車を背負って渡河、という行軍路でタイヤが擦り切れ、しまいにはリムのみでガラガラ音を立てて走ったという。フィリピンのマニア攻略戦でも自転車が活用されたが、もちろんこちらへも戦前に多数輸出されていたから、徴発しやすかった事情があるだろう。その後、日本軍の銀輪部隊の活躍は伝えられていない。

アメリカ・旧ソ連の戦争映画やタミヤ模型1/35プラモデルから受けるイメージで、第二次大戦の地上戦は機甲部隊同士の交戦ばかりだったと思われがちだが、実際の戦闘の主力はあくまで歩兵で、戦線への大量動員は極めて重要だった。機甲化が貧弱な日本軍の場合、歩兵は(鉄道を除けば)基本的に徒歩で行軍したのだ。歩け歩け。日本の自動車工業の実状とエネルギー供給事情では兵員輸送トラックの大量運用は難しかっただろうと想像はつく。

だから中にはこんな例もある。陸軍第37師団は開戦時、中国の山西省に在り、北京~インドシナ~ベトナム~タイを経てマレー半島北部ナコーンナーヨークで終戦を迎えた。距離にして約14,000km、移動に費やした日数は計495日。彼らは戦争期間の大半を歩いていた、歩いているうちに戦争が終わった、というのが実感だったのではないか。寸法の合わない靴を履かされた兵も多く、重い銃と背嚢を担ぎ、歩いて歩いて、足にマメを作り、それをつぶし、疲れ果て、それでもまた歩き続けた。

戦争とは決してカッコイイものではないのだ。

そして戦後。B29やグラマンF6FMBジープやM4戦車など、豊かな工業力を背景にした大量生産兵器の物量攻勢に敗れた(と信じたかった)日本人は戦勝国アメリカの工業文明に憧れ、工業製品に憧れ、自動車に憧れ、「私もクルマが欲しい」という欲求が高度経済成長の推進力と化した。そしてクルマを交通ヒエラルキーの頂上に置き、door to doorの利便性重視、つまり「なるべく歩かない」国づくりがなされていく。クルマは戦後復興の実感を体現するが、銀輪部隊で名を馳せた自転車は、現代都市交通の中では不当な位置に据えられていったのでありました。

 <参考文献>

松平守弘:軍用自転車発達史、歴史群像アーカイヴVol.1;知られざる特殊兵器。学研、2008

坂本多加雄・秦郁彦・保阪正康・半藤一利:昭和史の論点。文春文庫、2000

小池一介:アレックス・モールトンと折りたたみ自転車ヒストリー、折りたたみ自転車&小径スポーツの本;エイムック152。枻出版社、1999

1億人の昭和史;日本の戦史4;日中戦争2。毎日新聞社、1979

児島譲:太平洋戦争。中公新書、1965

 


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